リズムを読んで空間を作る 書家アーティスト上田普氏
「春留」橋本関雪の扁額を臨書し、池に浮かべた作品。個展「墨韻生動」2019年より @白沙村荘橋本関雪記念館
アートフェア東京2021でフランスと京都のアーティストによるコラボレーションプロジェクト「Savoir-faire des TAKUMI」のブースには10人5組の作品が展示されていた。どの作品も興味深かったが、特に書家アーティストの上田普氏とフランスのジュエリーアーティストのカルル・マズロ氏とのコラボレーション作品に魅了された。作品のコンセプトなどの話のほか、上田氏の旅の必需品の話も面白くてインタビューを申込んだ。旅と金沢での個展について話を伺った。
作品「蹟」「痕跡」 photo by "owl Ikuo Kubota"
Apollon編集部(以下A):アートフェア東京2021で展示されていた作品「痕跡」と「蹟」、素晴らしかったです。
上田普氏(以下上田氏):ありがとうございます。あの時に展示していた作品は2点とも売れました。
A:おめでとうございます。金沢ナイトミュージアム2021夏編(*12月に延期)での上田さんの個展と旅の必需品についてお話を伺います。上田さんは何歳から旅をしているのですか?
上田氏:24歳からです。大学在学中に同級生が夏休みに短期留学したと聞いて、留学に興味を持ち、卒業後、書道のルーツである中国に短期留学しました。留学先の杭州大学の学生寮は2人部屋で、ルームメイトは旅好きのアメリカ人でした。彼から影響を受けて旅するようになりました。
A:ルームメイトはどのような人物だったのでしょうか?
上田氏:彼は勉強よりも中国国内を旅する目的で留学しているような人で、常に旅していました。グリズリー(ハイイログマ)の生息調査の仕事をしていた人で、アウトドアの達人です。旅で撮影した写真を見せてもらいながら、彼の旅の話を聞いていたら、私も旅をしたくなりました。彼が一眼レフカメラを持っていたので、私も旅先で撮影したいと思い、中国でカメラを購入して、長期休みに彼と彼の友人と知り合いの日本人と4名で旅をしました。予定していたルートで移動できないなど様々なハプニングがありましたが、旅慣れている彼らは全く動じませんでしたね。旅先では必ずサンライズとサンセットを見ていたのも印象的でした。そんな彼らと行動を共にしたことで、旅をすることの面白さを知ったのです。
A:ルームメイトはアウトドアの達人だったのですね。
上田氏:彼の影響もあり、今でもアウトドア用の便利グッズを旅行には持っていきますね。
彼らとチベットに行く計画を立てた時にバックパックを購入して、バックパックの使い方を彼に教えてもらいました。肩で荷物を持つと疲れるので、荷物を肩で背負わないために、腰にベルトを付け、胸の部分にある紐を結び、肩から少し浮かせるように肩のベルトの長さを調整すると重い荷物でも楽に持てるのです。
A:バックパックの正しい持ち方があるとは知りませんでした。チベットまでどのように行ったのですか?
上田氏:杭州から上海まで電車で行き、上海で一泊してまた電車で移動して長江を北上する船に乗りましたが、気になる場所で途中下船することを繰り返しました。彼らはバックパッカーのバイブル的なガイドブック『ロンリープラネット』を愛読していました。日本で売られているガイドブックとは全然違ってレア情報満載なのです。それを参考にレアな場所に立ち寄りました。彼らと一緒だと、最短ルートで目的地まで行くというよりは、興味のある場所に立ち寄るので3週間程の旅になりました。
A:レアな場所に行くのも面白そうですね。旅以外はどのように過ごしていたのでしょうか?
上田氏:日本の大学で勉強していた中国の書を実際見るために留学しましたので、博物館、遺跡、石窟、公園などにある石碑などに書かれた文字を見に行きました。そのような文字は、虞世南などの有名な書家の作品が多いので勉強になります。勉強以外では、ルームメイトとは別のアメリカ人とバンドを組んでハーモニカを演奏していました。
R&Bバンド「MOJO SAM」でハーモニカを演奏
A:ハーモニカなのですね。
(上田さんのインスタグラムには、ハーモニカを演奏している動画があります)
上田氏:中学生からギターを弾いていて、バンドを組んでブルースなどを演奏していましたので、中国留学中も楽器を演奏したいと思い、持ち運べる楽器としてハーモニカを日本で購入して練習しましたね。中国ではアメリカ人のバンドメンバーと頻繁に演奏していたため、本格的に音楽活動をしたいと思うようになり、帰国してワーキングホリデービザでカナダに行きました。
A:演奏するためにカナダに行かれたのですね。
上田氏:はい。カナダのトロントやアメリカのシカゴで演奏をして、音楽活動の傍ら書の作品を作っていました。シェアメイトの紹介で日本人の画家と出会い、トロントにある日本人経営の「キモノミスティーク」というショップで私の書を飾ってもらえることになったのです。展示作品を見てサザビーズのアートディーラーから作品を取り扱いたいと連絡がありました。その後サザビーズで作品が売れまして、書家アーティストとしての作品が海外で評価されたと感じました。
A:書家であり、現代アーティスト。それに演奏家でもあるのですね。
上田氏:そうですね。音楽活動もしていますね。
ハーモニカケースはレザークラフト作家の奥様の作品
A:ハーモニカ、そんなにお持ちなんですね!
(オンラインでのインタビューの利点は仕事道具を色々と見せてもらえること。ハーモニカを見せていただきました)
上田氏:日本のメーカーのリーオスカーというブランドのハーモニカはプロ仕様で気に入っています。ハーモニカは旅の必需品です。ブルースはキーを聞けばすぐに演奏できる音楽なので、路上で演奏している人と機会があればセッションしますね。
A:今まで一番楽しかったセッションはありますか?
上田氏:アメリカ・モンタナ州のビーバーが出没するような田舎町で、おじいさんが橋のたもとで一人で演奏していたので、声をかけてセッションしました。そのおじいさんと意気投合して、翌日も同じ場所でセッションをすることになりました。演奏後、ハーモニカを交換して、おじいさんは私のステージネームを日本から来たから「ハリケーン・ヒロシ」だと言ってくれました。
楽しくて忘れられない思い出ですね。
A:ハーモニカで人と交流できるのは素敵ですね。音楽を演奏することで書の方にプラスになることはありますか?
上田氏:音楽を作品のコンセプトにすることは多いですね。
リズムを読んで空間を作ります。音楽的な間の取り方と空間的な間の取り方は似ているように思いますね。空間の中にどのようなリズムが流れているのかを感じて、粋な空間を探し出します。西欧の建築物、庭園など全てシンメトリーで構成されていますが、日本の建築物や庭園はシンメトリーになっているものは少なくて独特です。例えば日本庭園は石などの配置を少しずらすことで、不規則性が生まれますが、計算されたズレを心地よいと感じます。そのズレは音楽でも同じことが言えると思います。
今年の8月17日*に金沢でコンテンポラリーダンサーの矢﨑悠悟氏とパフォーマンスアートをするのですが、その時のテーマは「音」と「呼吸」です。呼吸もその人の持っているリズムと捉えています。
A:金沢ナイトミュージアム期間中、金沢市民芸術村の水上コテージ・アート工房でパフォーマンスアートをされるのですよね。ライブ配信も予定しているとのことで楽しみです。パフォーマンスアートの詳細は当日のお楽しみということでここでは書かない方がよいですよね。
上田氏:そうですね。
パフォーマンスアートの他に、2つの会場で作品を展示いたします。
8月19日にはトークイベントもあります。
A:金沢でのアートイベントを楽しみにしています。ありがとうございました。
作品「痕跡」
金沢ナイトミュージアム:
上田普 個展「蹟 SEKI」
展示会場①:
As baku B 蔵( 尾張町2-10-6 )
12月4日(土)~12日(日)11:00~17:00
展示会場②:
金沢市民芸術村アート工房
12月7日(火)~9日(木)10:00~19:00
イベント1:「書を宿す」
会場:金沢市民芸術村 水上コテージ・アート工房
12月7日(火)19:00~(約30分・予約不要)
内容:コンテンポラリーダンサー矢﨑悠悟と「音」「呼吸」をテーマに共演。
イベント2:「アーティストトーク」
会場:金沢市民芸術村アート工房
12月9日(木)18:00~(約60分)
内容:2会場で展示された作品とパフォーマンスアートについて、質疑応答を交えて解説。
詳細はこちら:https://www.nightkanazawa.com/2021/12/-seki.php
パリでライブパフォーマンスしている上田氏
上田普 書家アーティスト
1974年淡路島生まれ。幼少から母親の元で書を学ぶ。四国大学書道コース卒。中国・杭州大学に留学後、カナダ・トロントで活動。2002年京都に移り。2005年京都市美術協会より新鋭美術作家に選出。豪州、韓国、ブルガリア、英国、伊太利、木津川などのアートイベントに参加。近年はThe AREThé Festival2018(パリ、ミラノ、ジュネーブ)、京都市とパリ市のアーティストコラボレーション事業へ選出。ヘーベルト美術館 (グルノーブル)、パリ数ヵ所のギャラリーで展示、パフォーマンス、トークイベントを行う。他、泉鏡花作、中川学絵の絵本「龍潭譚」、同じく「絵本化鳥」の題字を担当、2014年アジアデザイン賞受賞。NMB48、男前豆腐店、叶匠寿庵、SHIMANO、柊家旅館、前田珈琲等の商品ロゴ、監修。時代祭館十二十二館内の映像、東アジア文化都市・京都2017のプロモーション映像、VRによる書道パフォーマンスなど 最先端の映像制作にも関る。
四国大学書道文化学科、大阪電気通信大学非常勤講師。